篠山へ移住「ここで生きる」 福島から避難の橋本さん

2014年06月12日

 東日本大震災、 そして、 福島第一原子力発電所の事故を受け、 2年前に篠山市内の市営住宅へ避難移住してきた橋本敬子さん (45) =福島市出身=が、 同市福井に居を構え、 新たな生活をスタートさせた。 ふるさと福島への思いも胸に抱きながら、 「ここで楽しく生きていく」 と前を向く橋本さん。 「たくさんの人に助けられて、 支えられて、 新しい日常を考えられるようになった。 でも福島のことはいつも心にある。 この家を、 福島の人や移住してきた人が集まる場所にできたら」 とほほ笑む。

  「ずっとやりたかった生活の“元年”になりました」 ―。
 のどかな田園風景の中で、 手植えの田植えに精を出す橋本さんは、 そう言って穏やかな表情を浮かべた。
 新しい自宅は築100年を超える古民家。 田畑もあり、 種から育てた苗を使って、 田植えにも励んでいる。
 田んぼを始めた理由は、 「自分で食べる分は自給できたらなと。 いろんなものを循環できる生活が憧れだったんです」 と話す。
 橋本さんの自宅は、 2011年3月11日の震災で一部損壊。 そして、 原発事故。 翌12日には取るものも取らず、 福島を出た。 14年経営したパン店もそのままにしてきた。
 豊岡、 京丹後で避難生活を送り、 4月には一旦福島へ。 そこで見たのは高い放射線量の中で何事もなかったように生活する日常だった。
 その後、 放射線から子どもたちを守るための保養キャンプを開いている丹波地域の住民と知り合うなどして縁ができ、 篠山へ避難移住することになった。
 この2年間、 同じ流れで移住した福島出身者たちとともに、 「丹波篠山避難移住者ネットワーク 『こっからネット』」 を立ち上げ、 原発事故のことを伝える活動や、 放射線の影響を懸念して梅の天日干しができない福島へ、 丹波地域の住民の協力を得て作った梅干しを送るなどの活動に取り組んできた。
 丹波地域で開かれる保養キャンプ 「どろんこキャラバン☆たんば」 (今年は7月26日―8月1日開催) にも関わり、 故郷からやってくる子どもたちも見守っている。
 避難先でできた仲間たちと過ごしながら、 福島に関わっていくことが新しい日常になった。
  「いろんなことをのみ込みつつ、 消化しつつ、 関わりつつの2年だった」 と振り返る橋本さんは、「原発や社会の問題は、自分だけでどうこうできるものでもない。 だから、 私は目の前にあることを考えて、 一つひとつ、 答えを出していくしかないと思っていて、 移住も答えの一つ。 ここで少しでも未来に負債を残さないような生活ができれば」。
 そして、 「篠山は雨が降っても、 雪が降ってもきれいなまち。 何でもあるし、 何でもできるところだと思っているので、 いろんなことを考えていきたい」 と話している。
 

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