東北・福島ルポ ―上― その笑顔の裏で

2013年12月05日

 「帰りたい。でも不安」

 丹波地域の住民らでつくる団体 「いのちのうた」 と、 介護保険事業者でつくる 「篠山市介護サービス事業者協議会」 が11月29日―12月1日の日程で、 東北・福島県へのボランティアバスを運行。 福島原発事故による放射能被害で故郷を離れざるを得なくなった人たちが暮らす仮設住宅に赴き、 ともに歌を楽しむなどの支援活動を行った。 本紙記者もメンバーに同行。 住民らは、 今、 故郷を離れて暮らす中でどのような思いを抱いているのか。 丹波地域に生かせる教訓はあるのか。 原子力災害がもたらす苦悩と、 それでも笑顔で暮らす人々の思いを追った。

 日本三大桜の一つ 「滝桜」 が多くの観光客を呼ぶ福島県田村郡三春町。 ここに原発事故の影響で全村民が避難し、 現在も帰宅が認められていない同県双葉郡葛尾 (かつらお) 村の人々が生活する仮設住宅がある。
 一行は、 約1500人の村民のうち約210人が生活する貝山応急仮設住宅を訪問。 イベントを知った住民ら30人が集会所に集まった。
  「高校三年生」 「北上夜曲」「花は咲く」―。 いのちのうたメンバーの楽器奏者が奏でる音色に乗せ、 全員で歌う。 始めのうちは少し恥ずかしげだった人も時間の経過とともに気持ちがほどけ、 歌声は大きくなっていった。
 アロママッサージやパステル画のコーナーでは世間話に花が咲く。 おじいちゃんが描く見事なツリーの絵に笑顔がはじける。 篠山市南矢代の酒井裕迪さん (68) 喜代美さん (67) 夫妻の南京玉すだれにもやんやの声援が飛んだ。
  「みんなで歌ったら久しぶりに大きな声が出た。 一年分楽しませてもらった。 こんなイベントはとてもうれしい」。 住民の山田敏子さん (77) と松村絹子さん (78) はそう言って笑った。
 「仮設に来てからご近所さんとの会話が減った。 お互いに気を使ってね。 だから家にこもって本ばかり読んでる。 近くて遠いのよ」と山田さん。 密集する仮設住宅は、 玄関を開ければ数歩でお隣りだが、 その近さが逆に関係を希薄にしている。
  「いつかふるさとに帰りたいですか」 という問いかけに松村さんは、 「帰りたい気持ちもあるけど、 やっぱり放射能が不安。 それに帰っても店も病院もないし、 三春の方が何かと便利だからね」。 少し間を置いてから、 「でも、 村の家でこたつに入って、 ゆっくりしたい気持ちもあるよね。 もう2年以上前か。 懐かしいなぁ」 。 脳裏にはのどかな山村の景色がよぎっていたのだろうか。
 葛尾村から原発までの距離は約20―30キロ。 事故後、 村は国や県に対応を訴えたが、 明確な回答がなかったため、 事故3日目の14日、 独自の判断で全村民の避難を決定した。
 国は事故から1カ月以上たった4月22日、 村内全域を警戒区域、 計画的避難区域に指定。 今年3月に再編が行われ、 避難指示解除準備区域 (年間積算線量20ミリシーベルト以下)、 居住制限区域 (同20ミリシーベルト以上の恐れ)、 帰還困難区域 (5年を経過しても20ミリシーベルトを下回らない恐れ) に分割されている。
 村が行ったアンケート調査によると、 避難指示解除後の帰還意思は、 約4割が 「戻る」、 3割が 「戻らない」、 「まだ判断できない」 が3割だった。
 

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